JRchanの日記

2024年から札幌に移住したフクロウ🦉(夫)とタヌキ🦝(妻)の共同日記

釧路で毛綱毅曠の建築を見る

こんばんは。今年の夏は釧路に行ってきました。釧路といえばポストモダン建築で有名な毛綱毅曠の出身であることでも知られています。そのため、市内にはいくつか彼の代表作があります。

 

1つ目が釧路湿原の展望台です。この外観は釧路湿原のやちぼうずをヒントを得た形だそうです。やちぼうずとはヒラギシスゲやカブスゲなどのスゲ類が繁茂した株を作り、
それが隆起したものだそうです。

 

1階中央から2階に上がる橋状の通路周囲には「湿原の鼓動」と呼ばれる生態ジオラマが広がっています。

 

遊歩道を歩いて行ったサテライト展望台からは雄大な湿原を一望できます。ここでフクロウ(夫)がワンコインの双眼鏡で鹿を発見することに成功しました!

 

次は釧路市立博物館に向かいました。ここも建築は毛綱毅曠のものです。形はタンチョウヅルの翼を広げたところをイメージしたものです。

 

ひつじ雲がきれいな日でした。

 

各階は二重らせんで結ばれており、1本は釧路の自然、1本は釧路の人々の歴史を象徴しています。

 

最後に幣舞橋のたもとにある釧路フィッシャーマンズワーフMOOです。ちなみにこの橋はぬさまいばしと読むそうです。こちらの写真は幣舞橋からのものです。1階にはお土産物店が入っています。


外観は海の町並が、内観では3つの丘と坂道と吹き抜けという釧路の都市構造がイメージされているそうです。

 

 

 

アルテピアッツァ美唄

こんばんは、今年の夏は安田侃彫刻美術館 アルテピアッツァ美唄に行ってきました。

アルテピアッツァはイタリア語で芸術広場を意味するそうです。安田侃は美唄出身でイタリアを中心に活動している彫刻家です。

 

下の写真は札幌の知事公館にもある「意心帰」です。知事公館にあるものは白い大理石でできていますが、こちらは黒っぽい大理石です。目に見えない暖かな心を形に表した作品だそうです。

 

 

当日は暑い日だったので、大理石に触ると火傷しそうなぐらいな温度になっていました。

 

 

奥に見える2つの作品は「天聖」と「天モク」です。2つの彫刻により穏やかな空間がつくられると説明されています。

 

アルテピアッツァは元々、小学校である建物を再利用して作られた美術館です。

 

建物の中では美唄の鉱山の歴史の写真展示がありました。美唄には三菱鉱業の三菱美唄炭鉱と三井鉱山の三井美唄炭鉱の2つの大きな炭鉱がありました。北海道に住むと炭鉱の日本(北海道)経済に与えた影響の大きさを感じることが多々あります。

 

アルテピアッツァはアルテ通信というリーフレットを年に2回発行していて、私たちが訪れたときは元サッカー日本代表監督の岡田武史氏のインタビューが掲載されていました。コンサドーレ札幌の監督をやっていたころ、采配がうまくいかないときは気分転換にアルテピアッツァを訪れていたと書いてありました。

 

 

大人のための人形劇

先日、小樽出身の人形劇師の沢則行さんの舞台「OKHOTSKー終わりの楽園ー」(読み方がわからなかったのですが、これでオホーツクと読むようです)を観に行きました。沢さんはチェコを中心に活動されている人形劇師です。

 

札幌はこぐま座、やまびこ座といった人形劇の劇場があり、人形劇の分野で優れた作家が生まれやすい土壌があるようです。

 

「OKHOTSKー終わりの楽園ー」は北海道と思われる島を舞台に、本州から渡ってきた武士、大陸から渡ってきた女王、そして土地の民族をめぐる物語です。

 

今回の公演は、さっぽろ人形浄瑠璃あしり座、音楽を担当したバロック・コレギウム・サッポロ、影絵のパフォーマーの黒川絵里奈氏などとのコラボレーション作品です。

 

人形劇はもちろんですが、シーンが切り替わるさいのサンドアートと、バロック・コレギウム・サッポロの生演奏により舞台の深みが増しているように感じました。

 

以下は沢氏の他の作品で使われた人形だそうです。

 

 

 

 

大倉山ジャンプ台

こんばんは。先日、大倉山のジャンプ台に行ってきました。

 

大倉山のジャンプ台の歴史は、1928年年に来道した秩父宮が将来のオリンピック用のジャンプ台の必要について言及したところから始まったそうです。

 

その後、1931年にホテルオークラの創業者の大倉喜七郎が札幌市にジャンプ台を寄付したことから、大倉山と呼ばれるようになったそうです。

 

そして1972年の札幌オリンピックで90メートル級のジャンプ競技が行われました。

 

そのためオリンピックミュージアムが併設されています。近年の冬季オリンピックで活躍された先週の道具なども展示されています。

 

ボブスレーやスキージャンプのシミュレーターがあり、フクロウ(夫)はスキージャンプのシミュレーターで300人中70番という微妙な順位をたたき出しました。

 

リフトで山頂まで登ることができます。夏季は夜間営業もしているようです。

 

ジャンプ台を見下ろすと、素人はとてもこんな角度からジャンプすることができないことがわかります!

 

リフト乗り場のレストランも素敵な雰囲気だったので、今度はレストラン目当てでまた来ようと思います。

 

 

 

 

 

小樽で雲海を見る

こんばんは。先日、小樽に行ってきました。小樽に夫婦で行くのは約2年ぶりです。

 

最初に北一硝子三号館の北一ホールに行きました。

北一硝子の元になった浅原硝子は明治34年の創業で、石油ランプ製造を行っていたそうです。初代の社長の浅原久吉は九州で硝子製造業を営む家の出身だそうです。

北一ホールの喫茶店は人気店ということで多少並びましたが、30分弱で入ることができました。



各テーブルに石油ランプが灯っているので、けっこう暑いです。

 

 

微発泡甘口白ワイン「モスカート・ダスティ」を利用したワインプリンが美味しかったです。このワインは北海道のものではなく、イタリアから輸入したものです。ただ部屋が暑かったので、ホットの飲み物を注文したことがやや失敗でした。

 

 

 

その後、天狗山にロープウェイで登りました。天狗山は北海道三大夜景のスポットらしいです(あと2つは札幌と函館)

 

札幌の藻岩山よりもわずかに高いらしいです。

 

 

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天気がややすぐれなかったので心配していたのですが、そのせいか雲海が広がっているのを見ることができ、大満足です。




 

 

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ブラックコメディ

登別温泉

こんばんは。この前のゴールデンウイークに登別温泉に行ってきました。札幌から電車で1時間少しということで、思っていたよりも遠くなかったです。

 

 

登別は火山活動によってできた地獄谷が有名です。確かに鬼が住んでそうな雰囲気です。

 

 

 

また地獄谷と登別駅の間には登別伊達時代村があり、寄ってきました。小学生の頃に日光江戸村に何回か行ったことあるフクロウ(夫)は懐かしさを感じていたようでしたが、タヌキ(妻)は初挑戦です。

 

元々は両方とも株式会社時代村が経営していたようですが、現在は別会社となっているようです。

 

登別は伊達政宗の家臣であった片倉小十郎の末裔が開拓に関係していることで、仙台藩ゆかりの建物が再現されています。

 

 

忍者ショーも伊達家の忍者が主人公の話でした。タヌキは前後関係がわからず混乱しましたが。。。

 

こちらが妖怪びっくり村の入口です。

 

上が怖くなかったので油断して入ったおにゃんこ寺の方が難易度高めでした。